2012年05月21日

秋吉敏子という才能

昔から(高校生くらいから)秋吉敏子さんが大好きだ。

当時、おそらく初めて聴いたのが、まだ若くてかわいらしい秋吉さんの写ったジャケが印象的なアルバム(多分「The Toshiko Trio」)で、既にポール・チェンバースとエド・シグベンとのトリオだったから、とんでもない奴がいるなと思ったけれど、聴いて、もっとびっくりしたのは、完全にバド・パウエルのスタイルを踏襲(こんな表現では伝わらないほど激烈)していることだった。

それ以来彼女のファンだが、その最初に聴いたアルバムがトリオだったから、ピアノの人だと思っていた。
高校時代はビル・エヴァンスをよく聴いていたし、他もピアノ・トリオのフォーマットのものを、ジャズとしては好んで聴いていて、友だちなんかがビッグバンド、カウント・ベイシーなんかを聴いているのが、正直あまり理解できなかった。
小編成のほうがいいと思っていたのだ。

自分が大学生の頃だったと思うが、秋吉さんがアメリカでビッグバンドを率いて大成功していたので、自然それらを聴くようになった。
最初に聴いたのは『砂漠の女』だったと思う。
これまた完全にデューク・エリントンのスタイルで、重厚かつ凄まじいフレージングをこなす演奏力にまず圧倒されたが、それを譜面にする彼女の才能を思うと、もはやひれ伏すしかない、と思うくらいの感銘を受けた。

その後も、遡って『ロング・イエロー・ロード』や、あるいは先へ進んで『モノポリー・ゲーム』『カーネギーホール・コンサート』あるいはエリントンへの追悼盤、ブルーノートでのラスト・ライブ盤まで、かなり聴いた。
ジャズの本場、アメリカでも高く評価され、アメリカのジャズ専門誌『ダウンビート』では秋吉とルー(・タバキン、サックス/フルート奏者、秋吉さんの今の旦那)のビッグバンドは批評家投票で1979年から5年連続、読者投票では1978年から5年連続で共に1位を獲得している。

その後、彼女は「ビッグバンドをやっていると、編曲に時間がかかるのでピアノが巧くならない」との理由で、バンドを解散した。
ニューヨークでの最後のコンサートには、多くのアメリカ人のファンたちが聴きにきていて、どこかのテレビ局のインタビューにたいして、ニューヨーカーらしい聴衆のひとりが「非常に残念だ、彼女のバンドは最高なのに」と答えていたのが印象的だった。

彼女は今はピアノに専念しており、最近の作品では『ソロ・ライブ・アット・ケネディ・センター』なんかをよく聴いている。
この盤に関しては、もはや、ジャズとかそういう次元なのか?と言った感じ。
もちろんバドの作品なども弾いているのだが、スタンスとしては矢野顕子なんかに近い。
あるいは、矢野顕子のほうが秋吉さんのファンなのかもしれない。
ジャンルとかカテゴリーとか、それは単に売る側がやりやすいからそうしているだけであって、弾くほう/聴くほうにとってはどうでもいいのだ、と改めて思った。

今、秋吉さんのことを考えると、もしかするとマンディ満ちる(最初の夫、チャーリー・マリアーノ(アルト・サックス奏者)との間にできた秋吉さんの娘)のほうが有名なのかもしれない。
古くはMondo Grosso(モンド・グロッソ、大沢伸一によるプロジェクト)に欠かせない人脈として、あるいは俳優としても活躍したこともあるが、日本におけるアシッド・ジャズ・ムーブメントのミューズのひとりだろう。

秋吉さんご本人は、もうかなりのお年だが、例えば『秋吉敏子 渡米50周年 日本公演』等を聴くと、まだまだ全然「老いて寄る年波」なんて言葉や形容には無縁だ。
個人的には、旦那さんのタバキンと共に、もちろん生涯現役でがんばって頂きたい。

日本が誇れる(最高峰の)ミュージシャンのひとりなのだから。


『The Toshiko Trio』(1956年、ピアノ・トリオ)
ザ・トシコ・トリオ / 秋吉敏子 (CD - 2008)

『Carnegie Hall Concert』(1992年、ビッグバンド)
Live at Carnegie Hall [Import, From US] / Toshiko Akiyoshi (CD - 1992)

『Solo Live at the Kennedy Center』(2000年、ピアノ・ソロ)
秋吉敏子/ソロ・ライブ・アット・ケネディ・センター

『Carnegie Hall Concert』から「After Mr. Teng」
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2012年05月09日

deep forest

最近では、ほとんど情報が入ってこなくなってしまったdeep forest。
単にそれは自分が怠惰だからなのか、彼らがあまり活動していないからなのか・・・両方かもしれない。

出会いはFMラジオだった。
なんという番組だったか忘れてしまったが、とにかくそこで、ピーター・ガブリエル(もちろん元ジェネシスの)との共作で「While The Earth Sleeps」という曲が流れた。
ディープ・フォレストなる名前は、そこではじめて知ったのだが、とにかくその音にびっくりした。
90年代の終わり頃だったと思う。
90年代と言えば、繰り返して書いているが、自分自身が青春期を過ごしていた時期で、おそらく最も、あらゆる情報をハントしていた頃だ。

当時、ピーター・ガブリエルがCD-EXTRAか何かで映像作品とセットになった盤を発売していたり(カエルをモチーフにしたものだった)宣伝で日本のテレビ番組に出ていたり、活発に活動していたから、その流れでラジオもチェックしていたのだろう。

また、90年代と言うとクラブ文化とはまた別にワールド・ミュージックの潮流もあって、インドネシア・バリのガムランやケチャ、イヌイットのお婆さんたちの歌、親指ピアノ、ブルガリアン・クワイア、パキスタンの音楽・・・いろんな民族音楽を聴いていた。
だから、彼ら(ピーターとディープ・フォレスト)の音を聴いたときに、こういうのもアリなんだ、と思った。
90年代は所謂マッシュアップも盛んだったから、こういう音が生まれたんだろう。

ただ当時は、サンプリングというのは要するに「標本化」に過ぎないのではないか、単にカタログとして利用しているだけで、民族音楽やそれらを伝承する文化や人々のためにはなっていないのではないか?という議論があって、ワールド・ミュージックという呼称そのものにも違和感があったり、否定的な意見も少なくなくて、実際自分自身もどちらかというとそういった否定的な意見に与していたし、サンプリングという技術の使い方と、デリカシーの保ち方について考えていた。

その後、ディープ・フォレスト名義の1stアルバム『African Calling』を聴いたが、その完成度には驚かされたものの、本当にこれでいいのだろうか、という疑問は正直、消えなかった。
そしてテレビCMで『Boheme』収録の「Freedom Cry」が流れたりして、日本でも彼らの人気が高まり、音楽誌などでも取り上げられるようになった。
が、そういう雑誌か新聞か、媒体は憶えていないが、彼らにインタビューした記事があって、そこで2人のどちらかが「僕らは、僕らの音楽を通して、ファンの人たちが(元ネタの)民族音楽に興味をもってくれたら、と考えているんだ」といった内容のことを話していて、それを読んだときに、すっと胸のつかえがとれたというか、この人たちは本当にまじめに音楽のことを考えてくれている、と感じた。

そこからは、先述『Boheme』もそうだが『Comparsa』も聴いたし(個人的にはこれが彼らのピークかなと考えている)『Made in Japan』というライブ盤も買った。
サンプリング主体のユニットのライブというと、どうなんだろうと心配していたが、それをいっさんに払拭する「肉体派」な演奏で、また彼らの親日ぶりからのアルバム・タイトルにも感じ入った記憶がある。

その後からだんだんトーン・ダウンしていってしまうのだが(実際『pacifique』には2人のどちらかしか制作に関わっていないし『Music Detected.』ではがらりと音楽性を変化させたものの、セールス的にふるわなかった)今でも非常に思い出深く、また音楽的にも影響を受けたユニットのひとつだ。

少し楽理的な話をすると、まずサンプルがあって、それにキーを合わせて楽曲をつくっていくのだろうと想像するのだが、これが非常に秀逸で、ジャズのイディオムのある人でないとなかなかできないことだ。
実際、ライブ盤『Made in Japan』では、ジャズ的な演奏を聴かせてくれるし、豊富な音楽知識があってのサンプリングであり、革新的スタイルだったと言える。
フランス人というのもおもしろい。
フランスの音楽というと、古くはドビュッシー、渋谷系を通過した人ならフランス・ギャルやセルジュ・ゲンズブール、カトリーヌくらいしか浮かばないのだが、映画『Round Midnight』を観ればわかるように、パリで活動したジャズマンが多かった時期もあり、フランスでのジャズ文化は元来独特のものがあるのだろう。

ちなみに、先述の「While the Earth Sleeps」という曲は、映画『Strange Days』(レイフ・ファインズ主演)のテーマ曲であり、世紀末を描いた映画なのだが、映画自体はイマイチだったものの、サントラはなかなか良く、これも愛聴している。
当時最先端だった音楽が集まっていて、トリッキー(ブリストル系アブストラクト・ヒップホップのアイドル的存在で、マッシヴ・アタックのアルバムへも参加したりしていた)や、ヘビメタに近いような(スカンク・アナンシーとか)ものもあり、いかにも90年代な、これまた「青春の1枚」だ。

『World Mix』(『African Calling』に未発表音源や別ミックスを加えたもの)
ワールド・ミックス / ディープ・フォレスト (CD - 1994)

『Comparsa』(日本版には「Freedom Cry」も収録)
コンパルサ / ディープ・フォレスト (CD - 1998)

『Strange Days』(サントラ)「While the Earth Sleeps」long/short ver.収録
ストレンジ・デイズ / サントラ, サッチェル, ケイト・ギブソン, ローリー・カーソン, ピーター・ガブリエル&ディープ・フォレスト, スカンク・アナンシー, ローズ・オブ・アシッド, トリッキー, ディープ・フォレスト, ストレンジ・フルーツ, ジュリエット・ルイス (CD - 1995)

※本当は『strange days』のトレイラーでもあればいいなと思ったのだが、やむを得ずこちらを。
「While the Earth Sleeps」Short ver. / Peter Gabriel & Deep Forest
posted by roro at 22:02| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

峰不二子という女

日テレで「ルパン」アニメシリーズとして数十年ぶりに、新シリーズ「峰不二子という女」が4月頭にスタート。
これまで夏恒例のスペシャルでもフォーカスされてこなかった「不二子」というキャラに軸が置かれていること、更に深夜枠ということで、コアな作品、少なくとも子どもの頃にルパンアニメを観ていた世代にたいする作品に仕上がっているのではと思い、録画していた。

まだ放送のクールとして途中なので、まだ先はあるのだが、さしあたり最初の3話を観た。
1話がルパンとの、2話が次元との、3話が五右衛門との、それぞれ出会いの物語となっていた。
(残念ながら、3話は放送時間がズレていたのか、録画が途中で切れていた)

全体的に、以前のルパンシリーズに比べ、ぐっと硬派で大人な印象。
原作のモンキー・パンチさんの漫画のテイストに近い作りになっている。
オープニングからして、不二子の内面をえぐり出すというか、心理学的な、フロイト的な考察が流れ、これまでのシリーズとは違うぞ、という意気込みが感じられる。

声優さんの顔ぶれも、ルパン(栗田貫一さん)と次元は代わっていないのだが、五右衛門、銭形、そして不二子も以前のシリーズとは違う。
五右衛門と不二子には違和感がなかったが、銭形はあまりに違うので、戸惑う人も多いかもしれない。
が、以前のおどけた「とっつぁん」なコミカルタッチさは本シリーズには一切ないので、いつもの納谷吾郎さんでないのは、むしろ納得の人選かもしれない。

次元ファンとしては、2話にはシビれた。
次元の過去、闇社会の用心棒として生計を立てていた頃の次元の悲恋が描かれ、ハードボイルドさとロマンティックさのバランス具合が最高に素晴らしかった。

音楽も大野雄二さんのビッグバンド的/アシッドジャズ的なそれでなく、小編成のそれなので、誰だろう?と調べてみたら、やはりというか、菊池成孔氏だった。

まだ最初の数話を観ただけなので、今後どうなっていくのか楽しみだが、不二子というキャラの魅力・・・なかなかどうして、いいもんだと思った。

公式サイトはこちら
posted by roro at 12:13| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする